2007年08月01日

40の短文描写お題に挑戦第五弾

21.神秘 (64文字)
 道の真ん中で子どもがしゃがむ。
 「道路が光ってる!」と、きらきらはしゃぐ。
 それはただのガラスだよ、とは、大人は今は、口に出さない。

22.噂 (64文字)

 博士は日記を破り捨てた。
 面白おかしい悪態はそのまま真実となり、しばらく世間を騒がせたが、すぐに忘れられた。
 研究は、成らなかった。

23.彼と彼女 (49文字)

 同じ顔、同じ声。
 朝礼台を前に分かたれた長い列が二人の未来を示していても、今はまだ、気づかない。

24.悲しみ (61文字)
 金魚の名前はリボンと言う。
 ひらひらしたひれが、ひらひらひらひら泳ぐから。
 今は土の下で眠るその命は、美しい花弁の花となった。

25.生 (62文字)
 その虫は際限なく増えていった。
 餌がたりずに草の根一本残さず食べた。
 やがて大量に死に至り、姿を消し、そしてまた、増えていった。

------

 えー、お久しぶりです。時の流れって怖い。ホント怖い! えぇーっもう八月!? 新作の〆切目標が五月になり六月になり七月になり……。えぇーっもう八月!?(もういい)
 今さら言い訳なんてむしろ罪深さを増すだけなのでやめときますが、これでもちゃんと書いてるんだよ……。ホントだよ……。同じところを何回も何回も書き直したりでなかなか進まないけどもさ……。
 ともかく毎日ヤバイと思いながらもここまで来てしまったので、とりあえず40の短文描写お題だけでも更新して生存報告としておきます……。(なんて三点リーダの多い文章なのか……)

 で、久しぶりなのにこれだけで終わるのもなんだし、もはやすっかりおなじみと化した解説も入れておこう! 茶を濁そう! イェイッ! ……はぁ。
 えー、『21.神秘』について。『今』は口に出さないのは、いつか世界が比べものにならないほど無感動なものになると知っているから。そのうちどの教科書を開いて何を知っても神秘なんて得られなくなるのだと、そんなことを急ぐ必要はないから。
 念のため言っておくとアスファルトが光ってるのは本当の話で、最近北海道の道路で見たときに同じようなことを考えて、いつか文章にできないかなーと思ってたんですよ。なんか廃ガラスを埋め込んであるらしいよ。(今調べた知識炸裂)
 『22.噂』について。偉人の研究本とか読んでみると、人間は噂でできてるなーとつくづく思ったりします。研究者の方は手紙とか日記とか読破して大変だろうな、とは思うんですけどね、それでも真実には届かないと思うんですね。意識化された文章なんてしょせん欺瞞に満ちたものだし……、とか言い出すと何もできませんけど、どうしても『想像上の人物』を創り出しているという感覚が拭えないんですよね。偉人さんってのは本当に大変だ……。
 しかし偉人になりきらなかった人物は、どんな噂もやがて忘れられ、そして振り返られなくなる、と。ならば欺瞞に満ちていようが一応の真実に一体どれだけの価値があるか? と、研究に破れた(たぶん他の人に先を越された)博士は考えてしまった。そういう話です。
 『23.彼と彼女』、これは別に説明いらないと思うけど……、たぶん小学一年生。
 『24.悲しみ』。死んでしまった。土に埋めないといけなかった。数年後、気がついたらそこに花が咲いている。何の変哲もないことで、泣くほどのことでもない。やがて昇華されていく悲しみ。しかしその当たり前さもまたどこか悲しいんじゃないだろうか。
 『25.生』……。普段から死ネタを使っているとこういうときに困るという良い例。ちなみに次は『26.死』から始まるんだぜ! ふはははは!
 で。生っていうのは怖いことだと思うんですよ。例えるならブレーキの壊れた自転車で急な坂道に放り出された感じ。足をつくことができないほど速いスピードで滑り落ちていく、その先に崖があると知っている。
 動きだした心臓を止めろって言われても困るので、自然の許す限り生きるしかないけれど、どうしたってやってくる崖っぷちは避けようがない。そしてなお性質の悪いことに、その営みは繰り返されていく。
 ちょっと違いますが、輪廻転生って見ようによっては呪いだと思うんですよ。創造神ってぜってぇ性格悪い! まぁ私は輪廻転生はどちらかというと信じてないんですが、「歴史は繰り返される」ってぇのはまったく異論ござんせん。
 以上でした。

 さて次の更新はいつなのでしょうか。この期に及んで八月中に新作をUPできる自信がないたぁどういうことだ!? どういうことなんだぁぁぁぁっっ!!!!
 しかし今回は頑迷なまでにじっくりと推敲したいと思っていますので、どれだけお客様に見捨てられてもおそらくペースは変わらないと思います。作品を公開するときに後悔しないっつーのはもう絶対無理なんで、せめて完成したときにトンネルを抜けた達成感を得られるくらいのクオリティには仕上げたい……。わかりにくい表現ですみません……。でもトンネルを抜けるって結構大変なのさ! 自分にとっては、かなり。
 とにかく、遅々とした歩みどころか「rahaki、そうか死んだのか……」ってくらいの勢いですが、完成目指して頑張ってるので地球一周分より長ーい目で見て蔑んでください。
 ではでは。
posted by rahaki at 06:23| Comment(26) | TrackBack(0) | 小説もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

日本語って難しいんだと感じた瞬間。

 rahakiはいつも座椅子に座ってキーボードを打っている。座椅子の方が下半身がなんとなく落ち着くとか、思う存分寝落ちができるとか、その昔祖母がゆったりと座っていた姿に憧れているとか、理由は色々あるが、ようするに座椅子が気に入っているのだ。
 しかしrahakiの座椅子は超安物のため、今や弾力がほとんどなくなり十年物の煎餅布団のごとき有様である。尻を受け止める部分が多少固くても特に問題はないのだが、背もたれが全然フィットしないのは非常に困る。集中がもたない。
 というわけで、洋裁の得意な母に端布を使ってクッションを作ってもらうことにした。母は洋服を作った残りの切れ端を「そんなもの何に使えるんだ?」というレベルの大きさまで保管しているため、それらを一気に片付けてもらおうと思ったのだ。
 しかし。母が取り出したのは伝線したストッキングの山、山、山。おびただしい量のストッキングを三つ編みに編んでぐるぐる巻きにして布でくるむという、まったく想像していなかった方法でクッションを作り上げてしまった。(ていうか何故そんな量の伝線ストッキングを保管しているのか)
 母親のおみ足を慎ましく包んでいたものたちを背中に敷くというのは多少抵抗感があったものの、いざ敷いてみるとこれが非常にジャストフィット。いい感じだったので、しばらくの間rahakiのタイピング速度はなかなかに快調であった。
 が、それも束の間。クッションはあっという間に煎餅布団ウィルスに冒されてしまった。思わず「重いんか……っ? そんなにこの背中が重いんかっ?」と詰め寄ってしまいたいところだが、ここは冷静に母にクッションの増量を頼みに行く。
「母上様、クッションがつぶれてしまったでござる。なにとぞ、なにとぞ増量をお願いいたす……!」
「おっけー。いいよー」
 母は二つ返事で引き受けてくれた。
 さて、その日rahakiは疲れていたのか、普段よりも随分早く床についた。夢を見ることもなくぐっすりと。目覚めてもなお布団が恋しく、まるで小さな子泣き爺の睡魔が頭の上にちょこんと乗っているような感じだったが、一応早く寝た分だけ早く目が覚めたらしい。カーテンから透けて見える外はまだ薄闇。rahakiは少し迷ったものの、なんとなく起きあがってメールのチェックでもしてみることにした。
 が。
 rahakiは座椅子の方を見て目をみはった。そこには愛用クッションの見慣れたシルエットが乗っかっている。そう、あれは我が肩甲骨にジャストフィットのクッション……、そのはずだ、が。

 増えてる。

 ……三つに。

 まるでプラナリアの細胞分裂をつぶさに見たかのような衝撃。
 違う、違うよ母……! 増量ってこういう意味じゃないんだよ……っ! 単にボリュームアップしてもらいたかっただけで、子どもを作る必要はなかったんだよ……!
 とはいえまるまると太った子どもたちを元の布きれに戻せとはとてもとても言えませぬ。rahakiは一人を背中に敷き、もう一人を腹の上に抱え、もう一人を脇で遊ばせてみた。
 ……うーん、気分は子連れ狼。これはこれでありかもしれない。
 しかし寝ている間に生まれたこの子たちの中身は何なのかと考えると素直に抱きしめることができないrahakiであったよ。ちゃんちゃん。
posted by rahaki at 08:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月08日

本棚には性格が出ると言ったのは誰ですか。

 大掃除の話、続き。
 テレビはすっかり鎮座ましましたけれど、大掃除の余韻が残っているうちに他にも色々片付けておこうと考えた。
 幸い父もその気らしく、本棚の中を引っかき回す音が聞こえてくるので、私も本の整理から入ることにした。
 我が家には本棚が大きく分けて三つある。一つは父の部屋。もう一つは私の部屋。そして居間に大きいのが一つある。
 父と私はそれぞれ蔵書の中からもうあまり読まないものを居間に移し、長い間熟成させてからようやく手放すという手順をとる。特に取り決めがあるわけではない。「本は無闇に捨てるものではない」という共通の認識があるのでなんとなくそういう流れをたどるのだ。
 父の蔵書は実用書が多い。囲碁の棋譜を紹介した本とか、冠婚葬祭のマナーについての本とか、会社でのスピーチの手引き書とかとか。
 私の蔵書も実用書が多い。英会話の本とか、数学が苦手な人用の簡単問題集とか、ロープ結びの本なんてのもある。全然身になってはいないが、まぁとにかくそういった本ばかりに所有欲をそそられるのだ。
 で。
 その中からもう読まないものをいくつか選んで居間の本棚に持って行くと、たった今父が置いたばかりだと思われる本たちがずらりと並んで顔を見せていた。
 ふむふむ。今回は将棋の本がほとんどだな。うわ、またスピーチについての本があるよ。書いてあることによほど差があるのか猛烈にスピーチが苦手なのかどっちなんだろう。
 なんて物色する中、一冊の本が目にとまった。それは今まさに私が自分の本棚から持ち出して腕に抱えていたものと酷似していた。
 表紙にはこう書かれている。

『孫子の兵法』

 ……この平成のご時世、私たち親子は孫子を一体どこで実用しようというのだろうか。(しかも同じタイミングで見放してるし……)
 私は私の『孫子』を父の『孫子』の横にそっと置いた。

 時々思いがけないところで親と似ている自分を知ってなんだかへこむ、そんなありふれた午後のお話……。
posted by rahaki at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月03日

40の短文描写お題に挑戦第四弾

16.遊び (57文字)

 探しても探してもひびの入ったおはじきしか見つからなくて。
 うつらうつらする孫に苦笑しながら、結局お菓子を取り出した。

17.初体験 (39文字)

 温かく緩やかな流れは切り離された。
 何一つ知らない世界。
 ただ一つ知る、母のこえ。

18.仕事 (62文字)

 休日に部活だと言って慌ただしく出て行く息子を見送り、父親は過去と現在を回想する。
 あの頃の父もこうだったのだと、微笑がもれた。

19.化粧 (64文字)

 輝くシャツ。なめらかなスーツ。曇りない靴に、張りのある鞄。
 ヒゲ剃りあとと名刺の残りを再チェック。
 仕上げはネクタイ、きゅっと締め。

20.怒り (58文字)

 放り投げられた紙くずを男はただ拾い上げ、横にあったゴミ箱の中に入れた。
 それが男の仕事であり、いつものことだったのだ。

------

 懲りずに解説(言い訳)してしまおうのコーナー。
 『18.仕事』について。過労死が他人事でない昨今日々に追われる父親がのびのびと過ごしている息子を見て「気楽なもんだな」とか思いつつ、自らの過去を思い返すと「そういや自分もこうだったっけか? あの頃の親父もこんなふうに思っていたのかもしれないな」なんて思い至って「じゃあまぁ、精いっぱい楽しく過ごしてもらわないとな、俺の息子も」なーんて笑っている……。ってな感じを出したかったのだが、65文字で表現できなかった。
 『19.化粧』について。もしかしたら体言止めを使うのは卑怯なのかもしれないと思う今日この頃。確か体言止めの多いのは悪文の条件の一つだったはず。その理由がありありと見えるできばえ。
 スーツの形容を「ほこり一つない」にしたら字数がオーバーしたため、「なめらかな」にしたらなんだか全身タイツみたいになった。違うんだって! 吊した状態のスーツを見ると胸元の布のたるみとかがすごく気持ちよさそうに見えることがあるだろうっ? あるんだって! するーっとした感じ! そういう感じでお願いします!(必死)
 『20.怒り』について。今回一番わかりにくいかなーと思うのはこれですな。
 rahakiは幼い頃公園で鬼ごっこをして遊んでいたとき、逃げている最中にベンチを踏みつけて、お年寄りに「人様の座るところに土足で上がるとは何事かーっ!」と一喝されたことがある。その後鬼ごっこ中断。みんな集まって来て「大丈夫?」の輪唱。しょぼーんとした空気どよーん。で、解散。
 rahakiは常日頃からベンチなんか平気で踏んづけていたため、何故怒られたのかまったくわからなかった。実は今でも「公園のベンチなんだし、そう気にすることもないんじゃないかなぁ」と思ったりする。だが電車の座席に土足で乗っている子どもは断固NGじゃっ! ……そう考えていくと昔は公園のベンチも土足NGが常識だったのかもしれない、と、思わないこともない。
 曖昧な笑顔でやり過ごす。感じた怒りを見ないふりをする。そういったことが低下させたモラルが、多数決によって常識と化していく。日本人は聖徳太子の時代から和を尊ぶ民族なので、「声を荒げるのは大人げがない」という勘違いも平気で信じ込んじゃったりしちゃうのだ。実際はその前に「つまらないことで」の注意書きが入ると思う。でははたしてどこからが「つまらないこと」の範囲なのか? 人間社会の規範を教えるのはつまらないことじゃないんじゃないかな、きっとね。まぁ「声を荒げる」というのは極端な例えで、実際はささやかな注意で実践できたらと思います。はい。(おまえの話だったのかよ!)
 で。長い前置きでした、『20.怒り』。モラルがとてつもなく向上すると清掃員の需要は激減するんじゃないだろうか、という浅い思いつきから。しかし男は今日も職にあぶれずにすみ、そしてまた新たな仕事が生み出されている、と。
 とはいえ「白河の 清き流れに住みかねて……」という歌もある。そこまで深く是非を問うご立派な精神はrahakiにはとてもとてもなっしんぐ。
posted by rahaki at 19:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 小説もどき | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月31日

ワイド型テレビの両脇の黒が気になります。

 いつぞや話していたHPアカウントの登録完了メールが……来た。
 そうそれは請求してから二週間後のことであった……。
 ……。(←微妙な気持ち)
 ……。(←なんだかなぁな気持ち)
 ……。(←空笑い)
 うん、あのね、請求したのって二月末なんだよね。つまりね、登録完了メールが来たのは今日から二週間ちょっと前のことなんだよね。その間ずーっとずーっと世間話さえも更新せずにいたわけで。今やっと更新したと思ったら二週間前のメールについてなわけで。

 あれ? このHPスペース、
 結構rahakiに似合いの場所だったんじゃね?


 い、いかんいかんいかん。
 思考の進行方向を堕落の道へ定めてはいかん!

 音沙汰のなかったこの数週間rahakiが何をしてたかといいますと、掃除してました。(は?)
 ある日父が帰ってくるなりこう言ったわけですよ。

「テレビ買ったから。○日に備え付けに来てくれるから」

 ……その瞬間rahakiに駆け巡った絶望をどうすればお伝えすることができるだろう。
 我が家は有名なゴミ屋敷……なんてことはないが、入った泥棒が「同業に先を越されたか」と言って帰って行くような、お世辞にも綺麗とは言えない家なのである。その昔いたいけな幼少rahakiは母にかたく「他人を家に呼んではいけません」と言われていたため、友達に「たまにはおまえの家で遊ばせろ」と詰め寄られて泣いたこともある。もちろんそれから何年もたっているので数え切れないくらいの大掃除を経ているのだが、あら不思議。一週間も普通に暮らせばあっという間に元の木阿弥。時間が巻き戻ったかのような状態になるのであった。
 原因は母にある。母は布コレクターである。洋裁の心得があるので洋服を何枚も縫ってはまた新たな布を買ってきて、眺めて楽しみ縫って楽しみ着て楽しみ、そのサイクルは終わることがない。時には三十年前に縫ったという服が出てくるほど物持ちがよく、また、それを今でも着こなせてしまうため、母の自室は言うに及ばず、居間や食卓周辺さえも母の持ち物であふれかえっているのだ。(当然我が家の力関係は 母>父 である)
 rahakiは掃除は嫌いだが大掃除は好きだ。しかし他人の物は勝手に捨てられないので、『我が家』において大掃除とは『母の説得』を意味している。それはすなわち不可能に挑むということ。
 無理。絶対無理。
 あんにゃろ何言っても「うーん」「はいはい」「わかってるわよ」の一辺倒でぼーっとテレビ見てやがって! うわーん! なんとかしてよドラえもーん!
 しかし未来のrahakiは猫型ロボットを送ってはくれなかった……。
 毎日少しずつ辺りに積み上がっている山を崩してテーブルの上に系統別に並べ、だるそうな母に選ばせるわけです。これはいるのか? いらないのか?
 気分のいい作業ではない。
 rahakiは物を捨てるのが苦手なのだ。ビニール袋の中で焼却を待つだけの、かつて人の手に触れられるべく作られたものたちを見るのが嫌なのだ。しかし現実において小市民に許された生活スペースは限られている。念仏を唱えてでも思いきるしかないのだが、それを他人に勧めるのは何度やっても嫌で嫌でしょうがない。
 そういった鬱憤は家具を動かしたり、外壁を磨いたりすることで発散することにしている。rahakiは大掃除が好きだ。ルービックキューブをくるっと回してカチッと綺麗に一色そろったような心地よさがある。飯ごう炊さんでホーミングを塗った大鍋の炭を落とすような爽快感もある。

 そしたら病状悪化しましたとさ。

 ……うん、それだけの話なんだよ。

 当日私はいなかったが、テレビの備え付けは何事もなく終わったようだ。電器店の人を迎え入れた父も特に恥ずかしい思いや嫌な思いはしなかったらしく、その日一日上機嫌であった。
 我が家にはテレビが二台あって、一台は居間、もう一台は父の部屋にあり、今回買い換えたのは父のテレビだけなのだが、父は私と顔を合わせる度に「テレビ見るか?」と満面の笑みで聞いてくる。微笑ましいやつめ。ふすま一枚隔てた居間で同じ番組やってますがな。
 しかし、居間のテレビ。時々音声だけで何も映らないことがあったりする。しばらく放置しておけばそのうち上下に乱れた映像が収まる場所を探してさまようかのように映り出すが、すぐにまた何も映らなくなったり、運良く通常の状態になったりする。側面を見れば91年製と書いてあった。……91年っていつですか。半世紀前ですか?
 どのみち2011年(だっけ?)には買い換えなければいけないテレビ。これだけガタがきているのだから、大掃除の手間を省くためにも一緒に買い換えてしまえばよかったのかもしれない。しかし、16年も頑張り続けているテレビだ。健気で良い子には天寿を全うさせてあげましょうということで、たった今も現役を張り続けている。

 つまり、そう、つまりだ。

 ガタがきているrahakiも捨てちゃダメですよお客さん!

 例え更新がなくてもちゃんと覚えているから、そのうちきっと映り出すよ!(……きっと?)
 問題はrahakiが健気で良い子なのかというところだが……。

 ……。

 閻魔大王って本当に舌を抜くと思うか?

 問・題・外!!!
posted by rahaki at 21:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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